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毎日ワクワク&しみじみ、ぎったんばったん。

北海道住まい。亜熱帯の血を持つ、寒がりライターです。

ミイラ取りがミイラになっても、ひとだから。

むかしは、ものすごく正義感ってやつを
持っていたように思います。

 

でも、対立するどっちにも、
それなりの正義はあったりして。

 

こっちへ行けば、ふむ、そうだよね。
あっちに行けば、ふむふむ、納得。

 

どっちつかずになってしまい、

ただ聞いて、書くひとになりました。

 


これまで、いろんなひとを見てきて、
主義や主張を持つ人のなかには、

ミイラ取りさん、
ミイラになっちゃってるな、と

思う方もいます。


戦争のむごさと

いのちの大切さを

訴えかける映像をつくり上げた、ある方は

 

---未開の地にヘリコプターを飛ばして
ヘリなど見たようなことのなかった
現地民族の男が
「帰れ、帰れ」と
ヤシの木のてっぺんから叫び
ついには木から落ちてしまった。

 

そんなエピソードを、
なんのことはない、かえって
おもしろいことのように書いていました。

 

ヤシの木、高いです。
無傷では、済まないはず。
もしかしたら、いのちも。

 


平和を訴えるひとが、家庭では暴力的だったり

差別をなくそうと叫ぶひとが、
だれかにあからさまな差別をしていたり。

 

何かを突き詰めると、反対側に
すたたたたーっと行ってしまう人って、
いるなあ、と。

 

じぶんだって、例外じゃないですね。

 

これはよくない!とか言っておいて、
じぶんもそれに近いことをしたとき。
また、こころのなかに持っていることに
気づいたとき。

 

ものすごく、はずかしいです。
どさくさにまぎれて、消してしまいたいです。

 

でも、ミイラ取りがミイラになっても、
そのはずかしさを、あえて抱えながら

 

にんげんって、そんなものかもしれないな。

 

やるせなくも、しみじみと思っています。

 

じぶんに巻かれたミイラの包帯が、

 

手首のあたりでちょっとはがれて、

 

風にペラペラ吹かれているのを眺めながら。