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毎日ワクワク&しみじみ、ぎったんばったん。

北海道住まい。亜熱帯の血を持つ、寒がりライターです。

エキセントリックと世間のはざま

小5のころ、地元の西友で980円のズボンに一目ぼれした。


クリーム色をした、シーツかと思うほど薄い生地に、

1から9までの形をした大きな数字アップリケと、九つのポケットが付いていた。


なんて安くてステキなんだろう!と思って買ったわたしは、

ペラペラの生地が破れるまでずっと愛用していた。

むろん、いまから見れば「誰も買わないような売れ残り」だ。


そんなことは関係なく、

さらにわたしは「これは便利!」とばかり、

すべてのポケットにハンカチやティッシュはもちろん、

自転車のカギやお気に入りのキーホルダーまで突っ込んでいた

(だって、ポケットは「物を入れるところ」だから)。

それぞれのポケットにはカラフルなジッパーが付いていて、

けっして物が落ちないのも「なんて気が利いているんだろう」と思った。

 

向こうから歩いてくるのを見れば、

これはかなりエキセントリックな子どもだったと思う。

でも、いまのわたしが彼女に会ったら「シアワセなやつ♪」と

肩をポンポンたたいてやるだろう。

 

なぜ、そんなことを思い出したのか。


あれからずいぶんと年月が過ぎ去り、

大人にもトウが立ってきた数年前のある日、一点物のボレロを思い切って買った。

左右がアシントメリーになった、ちょっとだけ個性的なブラウンのボレロ

自分にとっては高い値段だったが、

試着して迷って、また試着してエイッと買った。


「どう?」と、家でボレロをまといながら、うれしさに尋ねるわたしに身内は言った。

「それって服っていうの? 捨てたら?」。うれしさ、途端にぐるりと反転。

身内は保守的な価値観を持つヒト。それもおそらく軽口であり、

仕方ないといえば仕方ないのだが、あれからボレロの登場回数はかなり少ない。

 

「シアワセなやつ♪」と呼びかけたい、

自分だけのセンスで生きていた10歳ごろのわたし。

そんなふうに、いまもなっちゃえばいいじゃん、と思うのだが、さてさて。


窓を見やれば、赤と黄色の鮮やかな落ち葉たちがくるくると風に舞っている。