毎日ワクワク&しみじみ、ぎったんばったん。

北海道住まい。亜熱帯の血を持つ、寒がりライターです。

永遠の、しろうと。

書く仕事をしてはいますが、本当に、覚えないヤツです。

旅行、飲食、住宅、医療…

もう、そろそろ知っていてもいいよね?

というような用語を、からりと忘れたりします。

さりげなく、その場でごまかす術だけが進歩しました(^^;

 

ふりかえれば、

20代のころは、わりと負けずギライでした。

そのころに書いた印刷物をみると、

うわー、全然わからない!って、

同じわたしが頭を抱えてしまって、なんだか面白いです。

 

取材先でもらった知識と、一生懸命勉強した知識を、

これでもかと、ひけらかしている感じが

プンプンにおうのですね。

 

まあ、知識があって、わかりやすく

かみくだいて書けるのが、いちばんいいことなのですが。

どうも、そうはいかないようで。

 

進歩しろとは一般的にいいますが、

わたしの場合は、退化のうまみを感じつつ。

 

ぼやーっとしたシロウト=わたしが、

「なになになに?」と見たり聞きに行ったりして、

「こんなだったよ~」と書いて伝える。

 

そんな感じが、とっても楽しいです。

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サンタさんったら♪

わたしが幼児のころ、サンタさんからの

プレゼントといえば、お菓子の詰まった

クリスマスブーツでした♪

「来年まで取っておいて、両足にはくんだ!」という野望は

ついにかき消え(今年やろうかな)。

 

クリスマスブーツといえば、その頃のわたしには神秘のあかしで

5歳のころついていた、サンタさんの顔のプラスチック飾りまで

覚えています。

 

その、プラスチック飾りのついたクリスマスブーツ。

当時、発見したとたんに、ある衝撃が( ゚Д゚)

 

 

近所のスーパーの黄色いテープが貼られてた。

 

 

ああ・・・

 

わたしは、納得しました。

 

サンタさんは、

 

こどもたちのために、

 

すーぱーにへんそうして、ブーツをいっぱいかってるんだなって。

 

サングラス・・・

 

ばれないかな・・・

 

いっぱいのスーパーにいくんだろうな・・・

 

サンタさんって、たいへんだな・・・

 

 

はい、そして次のクリスマスにはさらなることが。

 

6歳のわたし、サンタさんにお手紙をかきました。

 

そして付け加えました。

 

「サンタさん、ぜったいおへんじください」

 

・・・願いは、かなえられました。

 

お返事、きました。

 

返事の文章↓

 

「〇〇ちゃん、やさいをいっぱい食べましょう」

 

このもじは・・・

 

 

ぜったいに、おかーさん ( ゚Д゚)( ゚Д゚)( ゚Д゚)!!

  

ああ・・・

 

わたしは、納得しました。

 

 

もじを、しらべて、

 

サンタさんのしょうたいが、わかったら、たいへん!

 

おかーさんとサンタさんは、

ひみつのやくそくをしたんだね(^^)/!

 

・・・・・

 

わたしの拡大好意解釈のクセは、幼少のころに形成されているようです。

 

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子どものころから、好きなこと。

よく、迷いごとなんかあったときに

子どものときの気持ちに返ってごらん♪とか

いうじゃないですか。

 

迷いごとはなかったけど、

じぶんに聞いてみました。

 

子どものころ、なにが好きだったのかな?

 

じぶん、一発で即答。

 

 

隠れ食い。

 

 

( ゚Д゚)

 

 

(*'▽')

 

 

( ;∀; )

 

そいえば、わたしの母が言ってたような・・・

 

2歳のころから、

あんたはおねーちゃんのお弁当のおかずを

すこしずつ、自分で皿に盛っては

部屋の、すみっこー(←なぜか強調)に行って食べてたわー。

 

あーら、かわいい、おなさご時代。

 

というわけで、

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これは別に証拠隠滅をはかっているわけじゃありません。

 

ええ、全然はかってませんから(・∀・)

 

 

かなしみの、落としどころ。

ひとは、だれもかなしみを持っていると思います。

 

取材をしていても、
テーマがまったく関係ないことであっても、
そのひとのかなしみが、偶然みえてしまうことがあります。

 

あるとき、うかがった、ご夫婦のお宅には
赤ちゃんの写真が、いっぱい飾られていました。

 

それは、祭壇でした。

幼くして亡くした、お子さんのようでした。

 

インタビューはまったく関係のない話で、
ご夫婦は、ともに淡々とされた方で
こちらの質問にも、分かりやすく答えてくれました。

 

その後ろの壁が、
あどけない笑顔に彩られているぶん、
かなしみのみえる居間、でした。

 

でも、わたしは、
仕事でおじゃましながらも、
ふしぎと安らかな気持ちに包まれていました。

 

 

わたしの親が生まれた南の島には、

 

「かなしい」の言葉に

「愛(かな)しい」という、意味があります。

 

古代の、やまとことばが残っているのです。

 

哀しいと愛(かな)しいは、似ています。

 

わたしが、その家で、

ふわっとした温かいものに包まれた気がしたのは、

 

このお子さんは亡くなってしまったけれども、

このご夫婦のなかで、この家のなかで、

しっかりと生きている、

悲しみよりも、そんな「愛しみ」のほうを感じたからです。

 


少しずつ、成長していった

赤ちゃんの笑顔にあふれた写真。

お気に入りだったろう、ぬいぐるみ。

 

おそらく、一緒に生活しているように

そのリビングの一角は、少しずつ

レイアウトを変えているようで。


悲しい、けれど、愛(かな)しい。

 

そんな、相手とじぶんを大切にする、

気持ちが続いていけば、

 

この世にいる、いないに関係なく、

そこには、

ひだまりのような、あたたかさが

生まれるのではないかな。

 


わずか1、2時間ご一緒させていただいたなかで

淡々とした会話のなかに、仕草のなかに

 

ご夫婦がお互いをいたわり、思いやる気持ちが

さりげなく、痛いほどに伝わってきました。


それは、きっと、

ご夫婦とお子さんの3人が

日々つくりだす、愛しい、いえだから。

 

そうですよね?

 

おじゃまさせていただきました。

ありがとうございました。

 

わたし、このご家族が、すきです。

 

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アイスピックで、こころの薄氷を。

ことし10月には雪が降った北海道、

とけた水たまりがまた凍って、

黄色や赤の落ち葉が入った

氷のショーウインドーになっているのが 

とても、きれいでした。

 

さて、

「あのひとより、まし」といった

差別ってやつ、おそらく、ないひとは無い、とおもいます。

 

じぶんも、あります。

 

でも、よーく、よーく見ればですね、

 

外から見た「たいへんそう」より、

 

本人が、毎日をいい感じで送れているかって話になると

 

それは、もう一人一人の問題かと。

 

本人の「たいへん」「こまった」を、

 

その人が望めば、そのひとも力を出しながら

 

すっと、必要なときに

 

こっちも無理のない力で応援するのは、

 

これは、みんなにいえることなんじゃないかな。

 

 

それでも、うっすらとこころに張ってくる

ひとを高く見たり、低く見たり、

そんな、やっかいな氷みたいなものを、

 

わたしは、ときどき、

「このことを、よく知っているな」と

思うひとに、ぶつけることがあります。

 

それは、障がいだったり、人種だったり、

キャリアや世代や性差だったりするんですが

 

その、こころの表面に張った薄氷を、まるごと見せます。

こんなにつめたいんですよ、と触ってもらうような気持ちで。

「この氷は、なんなんでしょうか」と。

 

すると、答えてくれるひとは、

勉強されたことの、正しい知識をおしえてくれます。

 

そうすると、氷は勝手にじぶんが張っていたことに、

また、普通に暮らしていても、まちのなかで

空気のように漂う“フンイキ”を

わたしは、吸収していたことに気づきます。

 

正しい知識は、アイスピックのように、

こころの薄氷をぱりん、と割ってくれます。

あれ、あたたかな水が、中にはあったね、とうれしくなります。

 

そして、わたしが投げる冷たい薄氷を、

感情的になることなく、わかりやすいように知識を教えてくれる、

そんな人たちが、いまはとてもありがたいです。

 

また、そのうちに、つめたい氷は張るけれど、

もしかしたら、こういった人たちが身近にいる、

 

それが、わたしのいちばん大切な宝物かもしれません。

 

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書くスキルは、ご近所づきあいにも似て。

ライティングの仕事をしているせいか、

「何かを調べて文章を書くとき、どうやったらうまくなる?」と

相談を受けることがよくあります。

 

ちなみに、わたしの場合は

どこかの会社にライターとして所属していたわけでもなく

なんとなく、独学です。

編集アシスタントとして、ときどき書く仕事もしていましたが、

特にノウハウは受けず・・・

 

マスコミ文章も、むかしスクールで少し学びましたが、

新聞がお手本とされた時代だったので、

いまだと、かなりカタイね~と言われちゃうかな。

 

えっと、取材などで書くスキルについて、ふと思ったのは、

 

テーマについて、

 

1.知りすぎてもいけない、


2.気持ちが入りすぎてもいけない、ということです。


まるでご近所づきあいの極意を語っているようですね♪

 

もちろん、まったく調べないのはNGだし、

気持ちが入らないのも味気なくなりますが。

 

1の「知りすぎる」というのは、

テーマについて調べすぎてしまうこと。

 

んー、たとえばですね。おいしい料理を作ろうと思って

あれもこれもと材料がいっぱいありすぎると、

何を使ったらいいか分からない。

どれもいい材料で捨てられない。

 

きっと、中上級者ならササッと選べると思うのだけど、

初心者はキケンキケン!料理がぼやけた味になります。

 

ほどほどに、調べてくださいね。

 

2の「気持ちが入りすぎる」というのは、

対象に接近しすぎると、距離感がわからなくなって

主観が入り込みすぎちゃう。

 

すると、あらまあ、

押しつけっぽい文章になっちゃいます(´-ω-`)

 

下手な思い入れを持ちやすい初心者ほど、キケンキケン!

 

 

あ、これ、

 

 

わたしの、ここ数日の実体験ですから!

 

 

はい、いつまでたってもライター初心者です( ;∀;)

歌い継ぐ、うた、とほほ。

小学生の低学年ごろ、

うちの姉は大の宝塚ファンでした。

なので、当時流行した「ベルサイユのばら」の

カセットテープを、家でずっとかけてました。

 

いまはわたしも、わりと宝塚、好きですが、

コドモのじぶんにとっては、

女のひとが、男の甘ったるい声で

 

ーーやっと会えたね、もう離さない、と

1日中、愛の歌を歌い続ける・・・

 

「やめてえ、やめてえ!」

 

わたしは叫びましたが

6畳+3畳のアパートでは逃げようもなく、

結果、わたしの頭の中には、

ベルサイユのばら」全曲が完全コピーされました。

 

しかも、冒頭からの

「オスカル・・・オスカル・・・(天国からのこだま的)」

「アンドレ、アンドレ!(愛する者に出会えた喜びまっしぐら)」

 

のセリフすべてとか、

 

後ろで「ラリーララ、ルッラッラー♪」と

高音で歌うコーラスまで、

 

全部、声色まで完全コピー。

 

しかも、いまだに、

 

突然頭のなかで流れてきて、

台所で鍋かき回しながら

「ベルばら」歌ってる自分いるーっ(嗚咽)。

 

鼻歌程度ならいいのだけど、

あれは、英才教育だったのじゃろうか(遠い目)、

「すごくソックリ」と絶賛されます、完コピ。

 

まあ、でもなぜか「ベルばら」はいまだに活躍してるわけで

けっこう、コドモにも好評でよかった(と、いうことに)。

 

 

そいえば、同じようなことが・・・(頭の記憶をかき回す)

 

そうそう、特撮系の事務所で雑用バイトしてたときも、

 

キャラクターデザイナーさんが

エヴァ好きで(リアルタイム)、

残酷な天使のテーゼ」をずーーーーっと

繰り返しかけてました。

 

1日に8時間ぐらい、いたとして・・・

1時間10回ぐらいとすると・・・

 

毎日80回聴いてたのね、残酷な天使のテーゼ

 

わーーー気が狂うアゲイン!!( ;∀;)ノ だったのですが、

 

はい、完コピ!(本人の意志にかかわらず。)

 

 

おかげさまで、あれからなぜかヒットしていったようで、

 

世代が違うカラオケシーンでも、たいへん重宝しております。

 

 

しかし、家でじゃがいもを剥きながらでも、

 

時おり、わたしはいきなり大音声で歌いだすらしいので、

 

「 なんか、うちでずっとミュージカルやってるひとがいる~ 」

 

と、頭を抱える家人も、約1名いるみたいで、くすす。

 

♪ ゆくは~フランス~、あこが~れ~の国~(・∀・)♪