毎日ワクワク&しみじみ、ぎったんばったん。

北海道住まい。亜熱帯の血を持つ、寒がりライターです。

普通でいる、ということ。

苦しんでいる誰かのために、助けになってあげたい。

そんなジレンマで、自分がぐるんぐるん、してしまうこと、ありませんか。

わたし、思いっきり、そういうタイプです。

でも、だいぶ鍛えられました。

不登校だった息子のおかげです。


結論からいえば、

いちばんだいじなのは、

だれかの苦しみを目の当たりにしても

じぶんは、普通でいることです。

それが、いちばんお互いのために効果的です。

 

どうしようもないことが起こったり、

誰かが死ぬほど苦しんでいたりしても、

他者ができることって、限られています。


そのひとのために、いっしょに苦しんでしまうと、

じぶんが、じぶんらしくなくなって、

かえって、相手を苦しめてしまうこともあります。

 

それに、ミイラ取りがミイラになってしまうと、

本当に助けが必要なとき、動けません(^^;


だから、普通に、

いつもの生活を、いつものように、

ちょっとだけていねいに、過ごしていけば、

そう、ニュートラルな、こころでいれば、

なにかのタイミングで “出番” となったとき

必要以上のエネルギーを出さずに、動くことができます。

 

 

わたしの姉は、あることから、

こころを少しずつ病んで

中学、高校のころのわたしは、

うちのなかを、ちょうど、

洗濯機の渦のようだと思ってました。

姉を中心に巻き込まれ、ぐるぐると振り回される渦のようだと。

本能的に、じぶんを守るために、

距離を取らなければ!と思いつつ、

18歳のころには、逆方向へ行ってしまいました。

 

姉を、たすけようと、思いました。

はい、ミイラ取りが、ミイラです。


だいじなのは、普通でいることでした。

じぶんが、もうだめ、と思ったときは、

距離をとりながら、

それでも、普通に

「わたしはわたし、あなたはあなた」と認める。


何十年もの時を越えて、

ようやく、それができるようになってきたかなと

おもっています。

 

ざわざわ、ざわざわ、することもあるけれど、

その日のことを、その日のように、暮らしています。

 

 

 

気づけば手にクーポン。

わたしはクーポンが大好きです。

 

どれぐらい好きかといえば、

 

仕事や家事やら、やることが
ドバーッと集中したとき(@_@)

 

まずは大事なことをやろう!!と思いつつ、

 

なぜ、自分の右手はハサミを持って
クーポン切り抜いているのかっ(怒)

 

一番は、それじゃないだろ!

 

と、自分ツッコミを入れるときにはもう、

 

手が自動的にクーポンを台紙に張ってたり
財布のポケットに入れてたりするのが
ビミョーに情けなく、やるせなく。

  

・・・・・

 

クーポンでなくても、

この前、駐車場のおじちゃんが、

すっごい疲れ顔で車を取りに来たわたしに

 

「はい、100円はサービスしちゃうね~」と

言ってくれたときなんか、

もう、疲れが吹っ飛びますね。

 

リピーターを増やすため、とか

じつは誰にでもやってる、とか

そんな計算があるかもしれないけど

 

やっぱり思うのは、おじちゃんの心意気

 

ちょっとおまけね、なんて、

昭和時代に多かった個人のお店では
よくあった光景だけど、

 

いまはクーポンだったり
期間限定割引だったりで、
みんな同じなのも、ちょっと味気ないかな・・・

 

・・・・・

 

と、

思いながら、

 

期限の過ぎたクーポンを
捨てるときの切なさといったら!( `ー´)ノ

 

という、自分Bの訴えもあり、

 

おい待てよ、
クーポン取得に手間かけてる暇あったら
仕事してるほうがお金になるから!


という、最も正論な自分Cには、

 

 

 

・・・もう脊髄反射だからゴメン!


と、訳のわからない言い訳をしてるわたし(自分D)でした。

 

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ミイラ取りがミイラになっても、ひとだから。

むかしは、ものすごく正義感ってやつを
持っていたように思います。

 

でも、対立するどっちにも、
それなりの正義はあったりして。

 

こっちへ行けば、ふむ、そうだよね。
あっちに行けば、ふむふむ、納得。

 

どっちつかずになってしまい、

ただ聞いて、書くひとになりました。

 


これまで、いろんなひとを見てきて、
主義や主張を持つ人のなかには、

ミイラ取りさん、
ミイラになっちゃってるな、と

思う方もいます。


戦争のむごさと

いのちの大切さを

訴えかける映像をつくり上げた、ある方は

 

---未開の地にヘリコプターを飛ばして
ヘリなど見たようなことのなかった
現地民族の男が
「帰れ、帰れ」と
ヤシの木のてっぺんから叫び
ついには木から落ちてしまった。

 

そんなエピソードを、
なんのことはない、かえって
おもしろいことのように書いていました。

 

ヤシの木、高いです。
無傷では、済まないはず。
もしかしたら、いのちも。

 


平和を訴えるひとが、家庭では暴力的だったり

差別をなくそうと叫ぶひとが、
だれかにあからさまな差別をしていたり。

 

何かを突き詰めると、反対側に
すたたたたーっと行ってしまう人って、
いるなあ、と。

 

じぶんだって、例外じゃないですね。

 

これはよくない!とか言っておいて、
じぶんもそれに近いことをしたとき。
また、こころのなかに持っていることに
気づいたとき。

 

ものすごく、はずかしいです。
どさくさにまぎれて、消してしまいたいです。

 

でも、ミイラ取りがミイラになっても、
そのはずかしさを、あえて抱えながら

 

にんげんって、そんなものかもしれないな。

 

やるせなくも、しみじみと思っています。

 

じぶんに巻かれたミイラの包帯が、

 

手首のあたりでちょっとはがれて、

 

風にペラペラ吹かれているのを眺めながら。

こどものこころは、あらしのなか。

8年ぐらい前の、

詩のようなものが出てきました。

 

子どもはいいな、と

大人は言ったりするけれど

ほんとうは、子どもだって、大変なんだよね。

 

・・・・・

 

(2008.4)

 

たのしいことが いっぱいあって
かなしいことも いっぱいあって

 

やりたいことが いっぱいあって
できないことも いっぱいあって

 

いつも きみのなかには
ぐるんぐるんと あらしのような
かぜがふいているんだね

 

なきつかれて ねむるきみに
まどから ひかりが さしている

 

しばらく おやすみ

きみが むかし いたところで

 

そして おはよう

きみが これから いきるところで

 

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イヤ~な感じの観光記事。

わたしには欠点があります。

 

それは、影響を受けやすいことです。

 

数年前、旅行雑誌の特集ページを依頼されました。

 

それは、函館・元町エリア。

函館ハリストス正教会とか、カトリック元町教会とか

異国情緒にあふれたロマンチックなところですな♪

 

しかーし。

 

しかーし。

 

そのとき、わたしは偶然、函館のある女性の

ノンフィクションを読んでました。

明治から大正にかけての、函館の歴史も書いてありました。

 

いや~、昔の函館のまちって、大火事が多かったんです。

住んでいる人たちは、もう焼けることを見越して

粗末な家しか、造らなかったと。

 

だ・か・ら ♪

わたしはスラスラと書きました。

 

函館の、あの教会も燃えて、

 

この教会も燃えて、こっちに移転して、

 

このお寺は防火対策を施して建てたから焼け残ったとか。

 

・・・・・・・

 

はい、どこにもロマンチックがありませんね。

 

もちろん、担当さんから原稿NG出たのは言うまでもなく。

 

ロマンチックてんこ盛りを心がけましたが、

 

ビミョーにそれっぽいの、入ってます(読み返したくない)。

 

だから、私生活で本やテレビや映画を観るときも、すごく気を付けてます。

 

気っ、気をつけてますからね!!(と、いうことに。)

 

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おのれよ、加減を知り給え。

子どものころは虚弱体質でした。

 

だから、健康法といわれるものは、

子どもの自分でも、必死に取り入れました。

 

・・・たいてい失敗しました。

 

検証してみましょう。

 

1.朝に水をかぶると健康になる

⇒ばっちり風邪を引きました(冬、暖房なし)。

 

2.たわしで肌をこすると体が強くなる

⇒肌が弱いので、血だらけになりました。

 

3.お風呂に塩を入れて浸かると温まって健康に。

⇒量が書いてなかったので、食塩をひと袋投入。

 肌が真っ赤になりひどい乾燥を起こし・・・(以下略)

 

・・・開けちゃいけない記憶のトビラがあるようですね、

はい閉めましょう、バタン!

 

ちなみに、ちょっと健康になったのは

山登り部に入ってヒーヒーいいながら

汗をかくようになった高校のあたりです。

 

それまでは、圧迫されて胸もおしりもなくなるような

満員電車でも、まったく汗をかかなかったので。

 

中学のころ、女子たちがプシュー、プシューと

着替えるときにスプレーをかけていたのは、

コロンのような香りのおしゃれじゃなくて、

制汗剤というものなのね、と

 

汗をかいた高校生のときに気づいたのでした(使ったことないけど)。

 

 

 

 

 

らしくあれ。

昔から、思いついては書き散らかしてます。
そんな一つを見つけました。半年前の文章です。


おそらく、不登校だった息子が一歩を踏み出した・・・
そんな時期かと思います。

 

しかーし、熱しやすく冷めやすいわたし、

当時は真剣に書いたはずが、いまはケロッと忘れてる。

 

長いので、読みたい方はどうぞ♪

 

・・・・・・

 

「らしくあれ」

 

 

よく「ひとりひとりが輝ける社会」とか、いいますよね。
一億総活躍社会」なんていうのも、そうかもしれない。

 

だけどね、輝いてなくたっていいよ、とわたしはおもいます。
しぜんとかがやいているひとは、うつくしいです。
だけど、くるしんで、かがやくひつようは、ないです。

 

わたしはライターなので、
ひとやモノの輝いているところを切り取るのが、得意です。
それを、キャッチフレーズにしてたりも、します。
その一方で、罪つくりだなともおもってます。

 

だれだってかがやくときはあるし、
しゅーんとなるときもあります。
かがやこう、かがやこうとしても
なかなか光らなくて、つらいときもあります。

 

それでも、その先のひかりを見たいなら、いいんです。
その先が見えると確信して、もがいてるひとは、
すでに、ほのかなひかりを発しています。

 

だけど、いろんな迷いとか、なやみとか出てきたとき
ただ、ただ、毎日がつらくなったようなときに

 

そのひとの、かがやきがみえなくても、
または、かがやくつもりがなくても、
そのひとを、そのひととして扱ってくれる、
いつもと変わらずにいてくれるような「場所」。

 

それって、なにより貴重だと思いません?(にっこり。)

 

わたしの両親は、いろんな意味で上昇志向でした。
なので、わたしが少しでもビクッとしたり、
おくびょうなところを見せると
すごく怒られました。

 

でも、なんだかんだいって、
両親ともじつは、とってもビビり屋。

 

きっと彼らも「ビビるな!」と
どこかで言われてきたんでしょうね。

 

わたし自身は、周りの環境によって
すごく明るくなったり、暗くなったりします。

 

「明るい」ときに友達になった子が、
「暗い」ときのわたしを見て、

 

「あれ?どうしたの?どうしたの?」と問い、

しだいに「つまらない」といって去っていく。
そんなことが、よくありました。

どっちも、わたしなんですけどね^^

 

そんなときに、

 

明るくても、暗くてもいいよ。
あんたは、あんただよ、ここにいな。

 

そういった場所があることの、うれしさ。

 

そこで、わたしは心身の「体力」を温存し、
やがて、「うりゃっ!」と元気に飛び回る。

 

元気になったわたしを見ても、
それまでと、何も変わらない。

 

そんな場所や、人たちは、
わたしにものすごい安心感とパワーを与えてくれました。

 

ふりかえると、それは
遠い島の親せきだったり、
ちょっと、とっぱずれた♪友達だったり、
大学のサークルだったりするわけですが。

 

うん、ライターだけど、まとまりなく終わります。

 

かがやいてなくても、いいです。

らしくあれ。

 

そして、

どんなキミでもいいんだよ。

どんなワタシでもいいんだよ。

 

そんな場所が、ポッ、ポッとろうそくを灯すように増えていけば

しぜんとみんな、かがやきだすんだと思います。

 


あなたも、わたしも、そんな場所をつくるものでありますように。

 

 

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